『遠い山なみの光』あらすじから結末と感想!少し怖い理由と謎を解説

カズオ・イシグロの長編デビュー作『遠い山なみの光』を読みました。なかなか難解な作品で、その分かりにくさゆえに再読したくなるような不思議な物語でした。今回は広瀬すずさん主演で映画化も決定した『遠い山なみの光』の結末までのあらすじと感想をまとめてみました。
『遠い山なみの光』あらすじ
日本を離れイギリスに住む悦子は、長女が自殺して喪失感のなかにいた。
そんななか、再婚した英国人との間に生まれた娘・ニキは母を励ますため帰省する。
ニキが滞在する数日の間、悦子は、かつて暮らした戦後の長崎を思い出していた。
当時、長女を妊娠中だった悦子は、ある母娘に出会った。
母親は浮気者の外国人の男との未来を考え、娘は何者かの幻影に怯えつつ、母に反抗的な態度を取っていた。
そんな母娘に、不安をかきたてられながら交流した悦子はーー。
『遠い山なみの光』登場人物
◆登場人物
◆悦子・・・日本人の夫・二郎と別れ、娘・景子を連れてイギリスに渡り、イギリス人の夫と再婚してニキという娘をもうける。
◆佐知子・・・悦子の近くに住む女性。米兵・フランクの愛人で、一緒に渡米することを夢見る。
◆万里子・・・佐知子の娘。気難しく
◆景子・・・悦子が最初に結婚した日本人の夫・二郎との間に生まれた長女。思春期に引きこもり、後に自殺した。
◆ニキ・・・悦子が英国で再婚し、生まれた次女。
◆緒形さん・・・悦子の舅。
『遠い山なみの光』結末
景子が亡くなってから悦子は、頻繁に少女の夢をみて怯え、次第に少女を佐知子や万里子に重ねるようになっていきます。
一方で、佐知子と万里子の三人で、稲佐の港からケーブルカーに乗ったこと、万里子がくじ引き屋台で当てた野菜箱のことも思い出します。
ある日、佐知子は屋台でもらった野菜箱に万里子が可愛がっていた猫を入れ、川に沈めてしまいます。
万里子はいつか自分も、猫と同じことをされるのではないかと怯えます。
その後、佐知子はアメリカ兵に捨てられ、渡米を断念。
娘と神戸に移住することを決めて出発の日を迎えるところで、佐知子の回想は終わります。
場面はイギリスに戻り、悦子はロンドンに向かうニキを見送るときに、大切にしていたカレンダーを渡しました。
もともと一月づつの写真があったカレンダーは、破り捨てられ最後の一枚しか残っていません。
その一枚の写真は、あのケーブルカーに乗って山頂から見下ろした風景。
家の門まで向かう娘を見ながら、悦子は過去の苦しみから解放されたような気がするのでした。
『遠い山なみの光』感想
古き日本の良妻賢母とも呼べる主人公悦子と、先鋭的で自立心の強い佐知子。
「秩序と自由」対照的な母親二人の交流を軸に、悦子は次女の帰省の間に、自殺した長女を思い巡らせます。
原爆の爪痕が残る長崎で、二人の女性は男性優位の社会のなか、自分らしく生きようともがきます。
その自我の解放は、静かに臨界点を越えようとする爆弾のようで、女性たちは遠くにあるその光を掴もうとします。
悦子と佐知子の会話は丁寧に描かれていますが、読者がまず気になる長女の自殺の原因や、悦子と最初の夫との離婚の経緯は全く明かされず、謎は残ったままです。
悦子はなぜ、いまになって佐知子と万里子のことを思いだしたのか。
やはりそれは、長女・景子の自殺があったからだと思います。
景子の自殺の原因は自分にあると罪の意識を感じる悦子は、かつての佐知子に自分を重ねていきます。
子どもから解放されたいと思っていた佐知子。娘を愛おしく思っていた悦子。
佐知子は自由を得るために、娘・万里子の心の拠り所ともいえる猫を川に沈めてしまいますが、その行為が娘の心をますます固くしてしまいます。
万里子は猫のように自分も殺されてしまうかと怯え、佐知子もまた今度は娘を殺してしまうかもと恐れます。
そして、悦子の記憶のなかで、佐知子が万里子に行った行為と自分が景子に行った行為の境界線が曖昧になっていきます。
悦子=佐知子で、景子=万里子。
つまりこの物語は、佐和子・万里子の名を借りて綴られた悦子から景子への懺悔で、過去を赦し、前に進むための象徴がニキと解釈しました。
『遠い山なみの光』は、抑制された文体と全体にモヤがかかったようなストーリーが幻想的で、どこか小津安二郎の映画を想起させます。
あいまいな記憶のなかで進行するストーリーは謎だらけですが、読み終えると また最初のページをめくりたくなるような不思議な感覚の作品でした。
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