『君たちはどう生きるか』あらすじ テーマや伝えたいこととは?

ジブリ

『君たちはどう生きるか』は、15歳の少年が様々な悩みに直面し乗り越えていく姿が描かれていますが、決して子どもだけではなく大人にも新しい気づきを与えてくれる作品です。そこで今回は、著名人も影響を受けた『君たちはどう生きるか』のあらすじとテーマや伝えたいことをご紹介します。

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『君たちはどう生きるか』ってどんな本?

吉野源三郎さんによる『君たちはどう生きるか』は、昭和12年つまり今から80年も前に発売された本ですが、池上彰さん、糸井重里さんなどの著名人が絶賛をし、宮崎駿さんにいたっては、本作をもとに長編冒険活劇ファンタジーの制作を進めているほどです。

2017年には、漫画化もされて大ベストセラーになっています。

主な登場人物は、中学生の男子・潤一(コペル)君と彼のの親戚であるニートのおじさん、そしてお母さんと同級生たち。

冒頭、いきなりコペル君が「友達を裏切ってしまった」と慟哭するシーンから始まります。

読み進めていけば分かるのですが、最初のこのシーンはクライマックスシーンなのです。

そして、悩み苦しむコペル君に、おじさんが1冊のノートを渡します。

ノートには、コペル君とおじさんが久しぶりに再会してから今までの二人の会話や出来事が綴られており、このノートを読みながら冒頭のシーンまで振り返っていく構成となっています。

話としては特別大きな事件が起こるわけではありませんが、コペル君が抱く中学生らしい悩みにおじさんがアドバイスしながら、自分自身で答えを見つけていくという展開です。

「自分は世界全体の一部に過ぎないこと」「何気なく使っているモノでも元を辿れば多くの人が自分と繋がっていること」など、中学生とはいってもコペル君の気づきは、大人が普段忘れているようなことを改めて教えてくれます。

本のなかで「君たちはどう生きるか」という答えは明確に提示されていませんが、「人生はどうあるべきか」という問いを自分自身で考えるための作品となっています。

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『君たちはどう生きるか』3つのテーマと伝えたいこと

自分は世の中の一部でしかないこと

中学生では授業で、すべての物質はとても細かい分子でできていることを学びますが、コペルくんはそこから「自分たち一人一人の人間も、世界の分子みたいなものじゃないか。」ということに気づきます。

コペルくんは、その発見をおじさんに話すと、「俯瞰的な視点を自分を捉えられたことはスゴイ。その発見は コペルニクスのようだ。」とおじさんは絶賛しました。

コペルニクスとは、地動説を最初に唱えたことで有名ですが、彼は天動説(地球は宇宙の中心に静止していて、太陽・月・惑星などすべての天体は、地球の周りを回るとする考え方)が当たり前だった時代に、宇宙を俯瞰的に捉え、地球を含めすべての惑星が太陽の周りを回っていることを発見しました。

コペルくんは、まさにコペルニクスのような視点の切り替えを行っていたのです。

人間は生きているなかで、自分が世界の中心であると思いがちです。

これは、人間の構造上、自分の目でみたものを自分の頭のなかで処理をしていくので、当たり前のことと言えます。

しかし本のなかでは、「自分だけが正しい!」「うちの会社が正しい」「日本が中心だ」と思うのではなく、自分は世界の一部でしかないという視点が大切だと伝えてくれます。

世の中のことは体験によってのみ知ることができる

コペル君はある日、ナポレオンに憧れて「あんな風に立派になりたい」と思います。

そこでおじさんは、ナポレオンの貧乏な下士官から皇帝まで上り詰めた前半の半生と、モスクワで破れた後、捕虜となった最後について語り聞かせました。

確かにわずか10年で皇帝になったナポレオンは偉大ですが、ロシア遠征で多くの人を死へ追いやり、その兵士とその家族を不幸にしたことも彼が行ったことです。

ナポレオンは、新しい時代のために立ち上げり、その進歩に乗じて輝かしい成功を収めましたが、権力を際限なく強めていこうとして、民にとってはありがたい人間ではなくなったのです。

おじさんは、これを踏まえ「人間が成し遂げたもので真の値打ちがあるものは、時代の流れに沿って行われた事業だけだ」と、コペル君を導きます。

生まれつき目が見えないひとに、海の色や空の色を伝えることは難しいですよね。

また「立派な人」というのも偉人たちの伝記を読んだり、学校で教わったからといって分かるものではなく、自分の体験や経験を経て、心のなかから「立派になりたい」と思うことで初めて理解できるものなのです。

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自分で自分を決定する自分軸の力

自分で自分を決定する力とは、本作では世論や外部の人の意見に惑わされることなく、自分が心から立派だと思える行動をしようと述べています。

あるとき、コペル君は友人の「ガッチン」が上級生にボコボコにされているところを目撃します。

コペル君は以前、友達が暴力を振るわれるようなことがあったら「おれが守る!」と宣言していたのですが、いざそんな場面になると怖くて逃げてしまいました。

そんな自分を、ガッチンや他の友人に見られてしまったコペル君は、合わす顔がなくなり学校も休んでしまいました。

「ぼくは、もうどうすればいいのか分からない…」と落ち込むコペル君に、おじさんは「余計なことを考えるな。」とアドバイスします。(ここが冒頭のシーンです。)

コペル君は、頭の中で友達はきっと自分のことを「卑怯者」「裏切者」「絶交だ」「謝っても許さない」と言っているに違いないと思っていました。

しかし、それはコペル君が友達からどう思われているかと考えているだけで、コントロールすることのできない他人の気持ちを勝手に想像してモヤモヤしているだけのことなのです。

だからおじさんは、「自分のことを友達がどう思うかなんて関係ない。シンプルにコペル君が今どうするべきかを考えた方がいい」と話しました。

このおじさんの言葉で、頭の中が整理されたコペル君は「とにかく今ぼくができることは謝ることだけ」と言って、友達に自分の気持ちを書いた手紙を出したのでした。

この考え方は、「アドラー心理学」の課題の分離や「エッセンシャル思考」の不要な情報は積極的に捨てるということに似ています。

おじさんは、コペル君に「何を考えるべき」で「何を考えるべきじゃない」かをスッキリさせたうえで、彼自身に改めて「 どんな行動をするべきか」を考えさせたのです。

親目線でいえば、子どもから相談されたとき「とりあえず謝った方がいい」と、大人は簡単に答えを与えがちですが、子ども自身が納得できる答えを出すために、ちょっとだけ背中を押してあげることが大切かもしれませんね。

最後に

読み終えてみると本のなかに出てくるエピソードは、ありふれたごく普通のことばかりです。

しかし、物の見方を変えるだけで、今までに考えもしなかった新鮮な気づきがあることを、この本は教えてくれます。

忙しい毎日を生きる私たちにとって「自分はどう生きるべきなのか」という問いは、つい忘れがちですが、そんなときはこの本を読み返して、思いを巡らせると良いかもしれません。

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