『52ヘルツのクジラたち』ネタバレ!あらすじ~結末を相関図付きで解説
2021年の本屋大賞作品『52ヘルツのクジラたち』は、虐待、介護、トランスジェンダーなど様々な問題を抱えた人々の「声なき声」にスポットを当てた温かく優しい物語です。今回は映画化も決定した『52ヘルツのクジラたち』のあらすじ~結末をご紹介いたします。
『52ヘルツのクジラたち』あらすじ
“52ヘルツのクジラ”とは、他の鯨が聞き取れない高い周波数で鳴くクジラのこと。
クジラは10から39ヘルツの周波数の声を出すことで仲間たちとコンタクトを取るが、世界に1頭だけしかいない52ヘルツのクジラの声は誰にも届かないーー。
過去から逃げるように、祖母がかつて住んでいた大分の海沿いの町に移住してきた三島貴瑚は、母親に虐待され「ムシ」と呼ばれていた 少年と出会う。
これは、裏切られ、傷つけられ、孤独のなか出会った彼らの 愛を欲する魂の物語。
『52ヘルツのクジラたち』登場人物&相関図
◆登場人物
◆三島貴瑚・・・毒親とのいえる母と義理父から虐待をうけてきた女性。21歳で母から義父の介護を押し付けられ、疲弊していたときに岡田安吾に救われる。ある出来事がキッカケで大分県の海辺の町の祖母の住んでいた家に移住する。
◆少年/52・・・貴瑚が移住した町で出会った13歳の少年。母親から「ムシ」と呼ばれ虐待を受け、言葉を話せなくなっていた。貴瑚からは「52」と呼ばれる。
◆岡田安吾・・・通称「アンさん」。美晴の職場の同僚というだけの関係ながら、非常に親身になって貴瑚を救う。
◆牧岡美晴・・・貴瑚の高校時代からの友人。自身も毒親を持ち、貴湖に非常に強いシンパシーを持つ。
◆村中真帆・・・貴瑚が移住してきた家を修理にきた職人の男性。貴湖に惹かれる。
◆新名主税・・・貴瑚が勤めていた会社の専務。
◆琴美・・・少年「52」の母。
◆品城・・・琴美の父で「52」の祖父。老人会会長。かつて村中が通った中学校の校長先生だった。
◆サチゑ・・・村中の祖母。貴瑚の祖母を知る人物。
◆昌子・・・琴美の母。品城と離婚し家を出ていく。
◆末長真紀子・・・「52」の父方の祖母。
◆千穂・・・「52」の叔母。52歳で交通事故で亡くなる。
◆武彦・・・52の父。千穂の兄。働きもせず女遊びばかりしていた。
◆美音子・・・貴瑚とルームシェアをしていた女性。
◆相関図
※無断転載ご遠慮ください。
『52ヘルツのクジラたち』結末までをネタバレ
物語は、
●貴瑚の壮絶な過去
●虐待された少年との交流(現在)
という2つの軸が混ざりあいながら進行していきまが、ここでは時系列通りに見ていきます。
◆移住した理由
東京から逃げるように、祖母が住んでいた大分の海沿いの町にやってきた貴瑚。
1人でいる彼女は時折「アンさん…アンさん…」と心のなかで語りかけ、のんびり田舎を満喫していますが、何かの拍子にお腹の傷跡が痛みます。
実は貴瑚は、ある男を刃物で刺そうとして、逆に刺されてしまったことがあるのです。
でも彼女が移住したのは、この事件だけがキッカケではなく、アンさんという人物との別れ、そして幼少期のトラウマも関係していました。
◆辛い幼少期
母が再婚して義理父の間に弟(異父弟)が生まれてから、貴瑚は家族のなかでのけ者にように扱われてきました。
小学校4年生のとき、貴瑚の服にアイロンがかけられてないことを担任教師から指摘された母は、迷惑をかけられたとして貴瑚を殴り、トイレに閉じ込めました。
家族3人が楽しく食卓を囲むなか、冬休みの間ずっと貴瑚はトイレで1日1食の食事を与えられ過ごしました。
そしてクリスマスの深夜、空腹に耐えきれなくなった貴瑚は、ゴミ箱のなかの弟が食べ残したチキンやお寿司、ケーキを掴んで食べました。
甘いけれど、どこか生臭い砂糖菓子のサンタクロース。
それ以来、貴瑚は生クリームが苦手になりました。
◆介護
「助けて」という声も届かず、52ヘルツのクジラのように子供時代を過ごしてきた貴瑚にさらなる試練が降りかかります。
高校を卒業して就職先も決まっていた貴瑚でしたが、義父が難病・ALSになったことで介護を押し付けられてしまいます。
貴瑚が、やっと家を出て自立できると思っていた矢先このとでした。
内定を辞退して、介護に明け暮れる日々。
気難しい義理父は、家族以外の介入を嫌がったため、食事、洗濯、下の世話まで貴瑚が一人で担いました。
義理父は貴瑚に感謝するどころか、気に入らないことがあると罵倒して杖で殴りつけてきました。
唯一の心の救いは、母からかけられる労りの言葉。
「あたしたち、本当に助かっているのよ。ありがとう」
◆アンさんとの出会い
貴瑚の献身的な介護もむなしく、義父はALSだけでなく認知症を発症し、肺炎で入院することになりました。
この状況に、母は貴瑚を前にして
「あの人じゃなく、こいつが病気になればよかった。こいつが死ねばいいのに……!」
と罵りました。
満足に寝ることもできず、心も身体も疲弊した貴瑚は、ふらりと病院を出て、うつろな表情で街を彷徨いました。
そんな貴瑚に気づいたのが、高校時代の親友・牧岡美晴と、彼女の同僚だった岡田安吾(アンさん)でした。
事情を聞いたアンさんは、貴瑚を救うために、すぐに義理父の介護施設の資料を持って、貴瑚の母の元に向かいました。
自分の娘のことに口を出すなと騒ぎ立てる母にアンさんは、
「こいつが病気になって死ねばよかったのに。そう言った口で、彼女を娘と呼ばないでくださいませんか」
とハッキリと言い放ち、貴瑚を家から連れ出しました。
◆初めての恋人
心療内科にお世話になるほど心を病んでいた貴瑚は、しばらくの間、美晴の友人である美音子とルームシェアすることになりました。
ある日貴瑚が、どうしようもなく落ち込んでいたとき、美音子はMP3プレイヤーに入っている「52ヘルツのクジラの声」を聴かせてくれました。
水底から聞こえるその声にシンパシーを感じた貴瑚は、それ以降 不安になったときは美音子からプレゼントされたMP3プレイヤーで「52ヘルツのクジラの声」を聴くようになりました。
そんななか貴瑚はある会社に就職し、跡取り息子で専務の新名主税(にいなちから)と交際することになります。
初めての恋に夢中になる貴瑚でしたが、なぜかアンさんだけは主税を認めようとしてくれません。
アンさんからの敵意を感じた主税も、恋人を奪われることを恐れ「あの男とは会わないでほしい」と貴瑚に告げました。
しかし、アンさんは貴瑚に好意を抱きながらも言い寄ろうとはせず、ひたすら彼女が振り向いてくれることを待っていました。
一方、貴瑚にとってアンさんは自分を救ってくれたヒーローであり、尊敬はしているものの恋愛感情は抱けませんでした。
◆愛人の血
貴瑚に新しい世界を見せてくれ、「愛している」という主税でしたが、実は彼には5年間も同棲している婚約者がいました。
主税は父親と同じように、愛人を囲いたかったのです。
その事実を知った貴瑚は、かつて妾だった祖母と母の血の宿命のようなものを感じるのでした。
一方アンさんは独自に主税に愛人がいることを調べ、貴瑚に忠告しますが、貴瑚は「彼はいいひとよ」と言って聞く耳を持ちませんでした。
それからまもなくのこと、主税が浮気しているという密告文が、社長と彼の婚約者のもとに送られてきました。
犯人はアンさんです。
父親から叱責され、婚約者や社員からの信頼を失いそうになった主税は、アンさんを強く憎むようになりました。
そして、興信所を使ってアンさんの素性を調べたのです。
すると、アンさんこと岡田安吾という人物は、本名が岡田杏子といい、性別は女性だったのです。
つまりアンさんは、トランスジェンダー。
それゆえに、アンさんは直接 貴瑚に想いを伝えることもできずに、ただ遠くから幸せを祈ることしかできなかったのでした。
貴瑚はふと、アンさんが電話で言った
「あの新名という男は、キナコを泣かせるかもしれない」
という言葉を想い出しました。
◆別れ
主税に軟禁されていたマンションを抜け出し、アンさんのアパートに向かった貴瑚は、ばったりアンさんの母親と会いました。
娘を故郷に連れ戻そうと上京してきていたアンさんの母と共にアパートに入った貴瑚は、そこで湯舟のなかで沈んでいるアンさんを発見します。
自ら命を絶ったアンさんは、母となぜか主税宛てに遺書を遺していました。
主税宛ての遺書には、辛い過去を背負った貴瑚だけを愛し、守ってほしいという願いが切実に綴られていました。
自分に対する溢れる愛情が詰まった遺書を、貴瑚は主税に渡そうとしますが、彼は読もうともせず燃やしてしまいました。
それを見た貴瑚のなかで何かがプツンと切れ、包丁を主税に向けました。
二人は揉み合いになり、結果的に刃は貴瑚のお腹に深々と突き刺さったのでした。
幸い貴瑚は命に別状はなかったのですが、主税の父から示談金を渡され、別れるように頼まれました。
こうして貴瑚は東京を去り、そのお金を持って大分に向かったのでした。
◆少年「52」
祖母がかつて暮らしていた家に住み始めた貴瑚は、ある日「ムシ」と呼ばれる美少年と出会いました。
体中アザだらけで風呂にも入らせてもらえず、母親から虐待されている様子の少年。
彼は幼い頃に、母からタバコの火を舌に押し付けられた恐怖から、言葉を発することができなくなっていました。
貴瑚は、琴美という名の母親に事情を聞きにいきますが、彼女は反省するどころか
「足手まといになるばかりの子どもなんて、いらない。あんな虫けらみたいなもの産むんじゃなかったって毎日思ってる。てか、虫けらだったらパンって潰してそれで終わりにできるのにね。だから虫けらより性質が悪い。」
と平然と言い放ったのです。
貴瑚は、そこで彼の面倒を見ようと決心するのでした。
そして、少年を「ムシ」と呼ぶことはできず、52ヘルツのクジラの声を気に入った彼を「52」と呼ぶことにしました。
◆「52」の過去
面倒を見るといっても「52」にとって貴瑚は、しょせん他人であり、ずっと一緒に暮らすことはできません。
そこで貴瑚は、「52」からの断片的な情報から、親友の美晴と共に彼の父方の親戚を訪ねましたが、「52」を大切にしていた祖母の真紀子も、叔母の千穂もすでに亡くなっていました。
大分に戻った貴瑚たちは、職人の村中の祖母であるサチゑに、他に頼る人はいないか尋ねてみました。
すると、今は離婚して町を出た琴美の母である生島昌子という女性ならば、「52」を預かってくれるかもいれないといいます。
ある日の夜「52」が海に向かってい歩いていくことに貴瑚は気づきました。
母親の琴美は新しい男と出ていき、取り乱した祖父の品城も怒鳴り込んできたりと、再び「52」は苦しんでいました。
貴瑚は、「52」に「わたしと一緒に暮らそう愛(いとし)」と抱きしめました。
すると「52」は「キナコ!(貴瑚のあだ名)」と叫び、涙を流しました。
※愛というのは、「52」の本当の名前。
◆結末
安心を取り戻した愛でしたが、無職で他人の貴瑚が彼を育てことら、難しい面がたくさんあります。
そこで昌子と話し合った結果、愛はしばらく昌子の家で暮らし、2年後に貴瑚と暮らすことを目標にすることになりました。
もちろん離れている間、貴瑚と愛が会いたいと思えばいつでも会うことは可能です。
別れの日ーー。
貴瑚は愛に、贖罪もこめてアンさんを死なせてしまったこと、主税を恐ろしい人間に変えてしまったことを告白しました。
二人は手をぎゅっと握って、もう一人じゃないと確信します。
わたしたちにはもう、孤独に歌う夜は来ない。遠くに、クジラの鳴き声を聞いた気がした。(中略)いまこのとき、世界中にいる52ヘルツのクジラたちに向かって。どうか、その声が誰かに届きますように。優しく受け止めてもらえますように。
ーENDー
『52ヘルツのクジラたち』感想
52ヘルツのクジラは世界で1頭しかいないと言われているのに、タイトルが『52ヘルツのクジラ“たち”』となっていることに最初は不思議に思っていました。
「言葉にできない想い」を伝えようとするけれど、「伝えられない」触れられる距離にいても「伝わらない」「受け取ってもらえない」悲しさ、絶望。
そんな登場人物たちの声なき声を、静かに掬い上げるようにして読み進めていくと、“たち”というのは虐待されていた貴瑚と愛はもちろん、トランスジェンダーのアンさん、貴瑚のルームメイト、貴瑚の母、愛の母も届かない声の持ち主だったんだなぁと気づきました。
物語で特に印象に残ったのは「魂の番(つがい)」という言葉です。
第二の人生では、キナコは魂の番と出会うよ。愛を注ぎ注がれるような、たったひとりの魂の番のようなひとときっと出会える。キナコは、しあわせになれる。
「魂の番」とは、家族やパートナーの枠を超え、出会うべくしてであった片われのような存在で、自分の欠けた部分を埋めてくれるような人です。
話のなかで幾度も、虐待、介護、難病、性差別などしんどい場面が出てきますが、貴瑚や少年が「それでも生きていかなけれなならない」ともがき、最後に「魂の番」となる人を見つけられたことは本当に希望が持てました。
きっとこの世の中には聞こえるはずのない52ヘルツの想いを聴いてくれる人がいて、また自らも誰かの聞こえるはずのない想いを聴き、手を差し伸べるときがくる。
自分がかつてアンさんや多くの人から救われたように、今度は貴瑚が少年を孤独から「救う」という連鎖も胸を打ちます。
本作は、絶望に打ちひしがれ、壊れそうになったときでも「ひとりぼっちではない」と希望の光が確かに灯っていることを教えてくれるような温かい作品でした。
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