『終りに見た街』ネタバレ!あらすじから衝撃の結末を振り返る

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『終りに見た街』は、昭和56年から突然、終戦間近の昭和19年にタイムスリップしてしまった2つの家族の姿を通して、戦争の理不尽さ、悲惨さを描いた作品です。また、結末がとても衝撃的でドラマ化された際には大きな反響があった作品です。今回は山田太一さん原作の『終りに見た街』のあらすじから結末をご紹介します。

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『終りに見た街』あらすじ

昭和56年(1981年)テレビ脚本家の清水要治は、妻と子ども二人共に平穏に暮らしていましたが、あるとき突然、戦争中の昭和19年に家ごとタイムスリップしてしまう。

要治の友人である宮島敏夫も同様に、息子と船で釣りに出たときに昭和19年にやって来ていた。

憲兵に目を付けられた要治一家は、必要なものだけ持ち出しマイホームを燃やし、敏夫と共に都内を転々とする。

戦争が終わるまであと1年半。

終戦日を知る彼らは、それまで必死に耐えようと試行錯誤する。

ようやく東京郊外に家を購入した要治と敏夫の家族は、国民登録をして、この時代の人と同じように仕事をしながら生活を送った。

そんななか、敏夫の息子・新也が書置きをしたまま家出をしてしまい…。

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『終りに見た街』登場人物&相関図

登場人物

清水要治・・・テレビドラマの脚本家。
清水紀子・・・要治の妻
清水信子・・・要治の中学生になる娘。
清水稔・・・要治の小学生になる息子。
宮島敏夫・・・要治の地元の友人。浅草で結婚式場のマネージャーをしている。息子と船で海に出た際にタイムスリップする。
宮島新也・・・敏夫の息子。素行が悪い。15歳高校一年生。

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『終りに見た街』結末までをネタバレ

「マイウェイ」と書き置きを残して家を出ていった新也

父の敏夫は、落ちこぼれの息子が自立できるキッカケになればと思い、新也を探すことはしませんでした。

歴史上で未来に何が起こるか分かっていながら、要治たちは一個人では何もできずに、ただ時代に身をゆだねるしかありません。

娘の信子は、デパートでシュークリーム、ケーキなど洋菓子を買っていたことを思い出し、息子のは親元から離れないように病気ということになっているため、外で友達と遊ぶこともできずにストレスを抱えていました。

また二人とも、栄養失調のため身体に発疹ができ痩せ細ってきました。

一方で要治たちが住んでいる一帯は、歴史の本によると空襲を受けないことが分かっており、安心していました。

それでも要治は、戦後30年以上も暮らしてきたのに、戦争時代のことを何も知らず家族を守る術がないことに情けなさを感じていました。

なんとか一家は、終戦年である昭和20年のお正月を迎えました。

要治と妻の紀子は、この時代にタイムスリップした意味を見出そうと、東京に出向き、占いで3月10日に大空襲があるという予言を広め、一人でも多くの命を救おうと考えました。

しかし、街ではそんな冗談を聞き入れてもらえる状況になく、人々は生きるために必死で、要治夫婦は一人にも声をかけることができませんでした。

がっかりしながら帰路につくと、敏夫がビラを配ってみてはどうかと提案します。

ビラが完成すると、要治たちは手分けして一目につかないように空襲のある下町一軒一軒に配ってまわりました。

そんななか、敏夫の息子・新也が家に戻ってきました。

軍需工場で働いていたという新也は、軍服を身につけ帝国軍へ入隊したことを告げました。

その姿はまさに、この戦争時代を生きる人間そのものでした。

そして、新也は「戦争には負ける。国に命を捧げるなんで馬鹿馬鹿しい」考えている要治や敏夫を責めたてました。

息子を落ち着かせようとする敏夫でしたが、興奮した新也は軍刀を取り出しました。

そのとき空襲警報が鳴り響き、要治たちは無我夢中で逃げ出しますが、次の瞬間に閃光に包まれ大きな爆発が起こりました

これは歴史とは違う

要治が目を覚ましたとき、目の前には焼け焦げた手が見えました。

そして、身体から血液がどんどん流れるのを感じ、自分の左腕が無いことに気がつきました。

見渡す限りのがれきと遺体で、黒焦げすぎてどれが妻や家族、敏夫か判別がつきません。

それから要治が目を凝らして遠くをみると、そこには昭和20年にはあるはずのない東京タワー新宿の高層ビル群が見えました。

死の街となった東京のなかで、要治がまだ息がる人を見つけ「今年は何年ですか。西暦何年ですか。」と聞きました。

「1980…」と言って、その人は息を引き取りました。

要治が終わりに見たのは、水爆を落とされた1980年代の東京の変わり果てた姿でした。ーおわりー

『終りに見た街』感想

『ふぞろいの林檎たち』の脚本で知られる山田太一さんによって書かれた小説『終わりに見た街』は、タイムスリップを通して戦争の悲惨さや当時の庶民の生活の様子をリアルに描いた作品です。

単なる反戦のお話ではなく、陸軍と極右の主導のもと戦争一色の生活で洗脳されてしまった国民の様子から、本当の戦争の怖さを表現しています。

兵隊の真似事をする子ども、竹やりを持って訓練する女性、お国のためにと特攻隊に志願する青年、非国民がいないか目を光らせる隣組…。

新聞やラジオは軍の使い走りとなり、事実を伝えようとすれば逮捕、投獄、拷問が待っています。

1980年代からやって来た要治は、自分がタイムスリップした意義を考えて少しでも多くの人を救おうとしますが、たかが一人か二人で行動したところで、空襲を回避することはできませんでした。

それどころか、空襲の日を知らせるビラを見ても、人々は警察や近所の人から「あんなデマを信じるのは非国民だ」と言われないため、家から動くことすらしませんでした。

国民が国民同士でけん制し合い、監視する恐ろしい社会。

戦争でのこの様なプロパガンダの手法は、現在でもネット上のフェイクニュースとして形を変え、国民を洗脳しようとしています。

そしてこの物語のラストは、1980年代(当時の現代)の東京が水爆により破壊されてしまうという衝撃的なものとなっています。

荒唐無稽な設定にみえますが、崩れたビル群、焼け焦げた東京タワーを見ていると、日本が戦争に巻き込まれるのは現代でも十分にありえる未来図だと感じました。

こんな悲惨な結末を迎えることがないように、今を生きる私たちは何を選択し、どう行動しなければならないのか。

『終わに見た街』は、平和ボケしている今の日本人に一石を投じるようなメッセージ性の高い作品でした。

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