『事件(大岡昇平)』ネタバレ!あらすじ~結末を相関図付きで解説
大岡昇平による小説『事件』は、19歳の青年が犯した事件を通して、被害者の女性とその妹との愛憎劇、裁判における「真実」の意味を描いたミステリーです。今回は、2023年ドラマ化も決定した『事件』のあらすじ~結末をご紹介いたします。
大岡昇平『事件』登場人物&相関図
◆登場人物
◆菊池大三郎・・・ベテラン弁護士。小さな事件にしては不相応の上田宏の弁護人。
◆岡部貞吉・・・検事。証人や証拠品などから宏の罪を立証しようとする。
◆谷本和夫・・・判事。裁判長。
◆野口直衛・・・判事補。33歳。右陪席。
◆矢野美彦・・・判事補。左陪席。
◆上田宏・・・19歳。造船所工員。
◆坂井ヨシ子・・・19歳。被害者・ハツ子の妹。宏の恋人で彼の子を身ごもっている。
◆坂井ハツ子・・・23歳。被害者の女性。飲食店「みよし」の女主人。
◆坂井すみ江・・・ハツ子、ヨシ子 姉妹の母親。
◆上田喜平・・・宏の父親。
◆宮内辰造・・・極道らしきハツ子のヒモ。ホステス時代のハツ子の恋人で別れた後に再会して『カトレア』に入り浸るように。
◆大村吾一・・・遺体発見現場の土地の所有者及び、ハツ子の死体第一発見者。
◆篠崎かね・・・青果店店主。宏がハツ子と自転車二人乗りをしているところを目撃。
◆多田三郎・・・「みよし」の常連客。事件前夜に店でハツ子が手帳を見ていたと証言。
◆富岡秀次郎・・・宏が過去に働いていた工場の元同僚。事件当日宏に軽トラを貸す。
◆清川民蔵・・・宏が凶器のナイフを購入した金物屋の主人。
◆花井武志・・・金田中学校教諭で宏は教え子。菊地弁護士の知人。証人として出廷予定の宮内と多田への聞き込みなど菊池を手伝う。
◆相関図
※無断転載ご遠慮ください。
『事件』あらすじ
神奈川県高座郡金田町の雑木林で、胸を刺された若い女性の遺体が発見される。
被害者は、飲食店「みよし」のママをしていた23歳の坂井ハツ子。
そして、事件から数日後に19歳の少年・上田 宏が逮捕される。
宏はハツ子の死亡推定時刻の夕方に、現場付近の山道を自転車を押しながら下りてくるのを目撃されていた。
さらに警察のその後の調べで、宏はハツ子の妹・坂井ヨシ子と同棲中であり、彼女はすでに妊娠三ヵ月であった。
宏とヨシ子は駆け落ちし、横浜方面でアパートを借り、子供を産んだあと二十歳になって結婚しようと計画していた。
宏は取り調べに対し、ハツ子に未成年ということで大反対され親に言いつけると迫られたために、カッとなって登山ナイフで彼女を刺したと話した。
果たして本当に宏は罪を犯したのかー。
裁くもの裁かれるものすべてが明らかになったとき、青春そのものが断罪されていく。
『事件』ネタバレと結末
◆裁判がスタート
谷本和夫裁判長のもとで宏の初公判がスタートしました。
宏の弁護人は、判事を20年務め弁護士に転向した菊池大三郎。ベテラン弁護士です。
そして、原告側は岡部定吉検事で、証人や証拠品などから宏の犯行を立証して争います。
宏の事件において菊池弁護士というのは分不相応ですが、彼は宏の中学校の恩師・花井教諭の遠縁にあたるため担当してくれることになりました。
また菊池弁護士が弁護人を引き受けた理由は他にも、宏の供述と表情、後悔の念に接し、彼は検察側が主張するような罪は犯していないと感じたからでした。
花井教諭は、優秀だった宏が犯行に走ってしまったのは周囲の環境が原因だと思っており、被害者・加害者両方の家庭環境の実態や証人として出廷予定のハツ子のヒモだったやくざの宮内辰造の調査も行いました。
証人は他に、ハツ子の遺体の第一発見者・大村吾一、宏がハツ子と自転車二人乗りをしているところを目撃した篠崎かね、宏が凶器のナイフを購入した金物屋の主人・清川民蔵らが裁判に招かれました。
右陪席の野口判事は、宏を一目見るなり感じの良い青年という印象を受けました。
◆宏とハツ子、ヨシ子姉妹の秘密
裁判が進むうちに、事件の鍵を握る宏とハツ子の知られざる秘密が明かされていきました。
もともとは仲の良い姉妹だったハツ子とヨシ子。
あるとき、ハツ子は家を出て上京してキャバレーで働くようになりましたが、そこでヤクザの宮内辰造と関係を結び同棲するようになりました。
その後、宮内と別れたハツ子は人生をやり直そうと地元に戻り、飲食店「みよし」を開店します。
しかし、やくざとの関係がうまくいかなくなった宮内が再びヨシ子の前に現われ、「みよし」に入り浸るようになっていきます。
宮内が店で客に因縁をつけるようになると、客足は遠のき「みよし」は経営不振に陥っていきました。
そんななかハツ子は、ヨシ子は宏の子を身ごもっていると知ります。
かねてより宏に好意を抱いていたハツ子は宏に中絶を勧め、実行しなければ駆け落ちすることを、それぞれの両親に告げると脅しました。
宏は、ヨシ子との家出と同棲が とん挫するのを恐れるようになっていきました。
◆事件当日の真相
事件当日 宏は家出のため、かつての同僚・富岡秀次郎に軽トラックを借りにきますが、ハツ子に見つかってしまいます。
そのあと、宏はハツ子を自転車の後ろに乗せますが、彼女はその間もずっと中絶しなければ双方の親に言いつけると話し続けました。
それから ふいにハツ子は自転車を降りて雑木林に入っていき、宏が横浜に行くなら自分も宮内と縁を切って横浜でやり直したいと告げました。
ハツ子は「あんた私が好きか嫌いかハッキリ答えて。」質問しますが、宏は「いやだ」と答えました。
するとハツ子は「お前たちだけいいことをして、自分だけみじめな気持ちで田舎町に置いきぼりにされるのは嫌だ。横浜には行かせない」と宏に近づいてきました。
ヤケになったら何をするか分からないと感じた宏は、とっさに持っていた登山ナイフ(以前、金物屋で気に入り洗濯ばさみと一緒に購入したもの)を取り出し脅かそうとしました。
しかし、ハツ子はそのまま宏に抱きつき、ナイフが胸に刺さったためずるずると地面に倒れていきました。
宏は恋人のヨシ子に、自分がハツ子を刺してしまうほど深い関係だったと疑われるのを恐れて、動かなくなったハツ子を崖に落とし、立ち去ったのです。
この状況は、ハツ子を尾行していた宮内も、こっそり目撃していました。
◆結末
宏には「故意による殺人では無い傷害致死」とされて懲役2年以上4年以下の刑が下されました。
少年刑務所へ収監された宏にヨシ子や花井教諭が面会に訪れましたが、宏は「ハツ子ねえさんの言う通り中絶した方が良かった。前科者の子は生れない方がいい。ぼくは罪を忘れることなんかできない」と憔悴した様子で語りました。
宏の様子を心配する花井に菊池弁護士は「刑が思ったより軽いための反作用だろう」と説明しましたが、心のなかでは宏に対するある疑惑を感じていました。
菊池は、宏がヨシ子の妊娠中に、ハツ子の誘惑に負け肉体関係を結んでいた可能性が高いとみていました。
宏は死刑になる覚悟でいたので、生まれてくる子供とヨシ子のために隠し通そおうとしましたが、結果的に刑はかなり軽くなってしまった。
宏はその強い罪悪感から、ヨシ子や花井に錯乱とも思える発言を繰り返しているのではないか…。
しかし、菊池はその疑惑については、誰にも明かすことはしませんでした。
『事件』感想
この小説は、ニュースでも話題にならないような単純とも思える「事件」を緻密に描いた作品です。
しかし、被害者や加害者だけでなく、弁護士、検察官、裁判官の思惑なども丁寧に描かれ、そこから真実が浮かび上がっていく様はリアリティそのものでした。
人によっては冗長に感じるかもしれませんが、こんな新聞のベタ記事にもならないありふれた事件にも深い人間ドラマがあると気づかせてくれます。
また、弁護士・菊池の巧みな証人尋問のやりとりには、自分が持っていた先入観が見事にひっくり返りました。
驚くような推理やトリックなど派手な展開はないですが、はじめから終わりまで、まるでノンフィクションのような「裁判小説」であり、制度に対する問題提起的な要素も多く含まれています。
そのため白黒ハッキリつくわけでない宏少年の心の揺らぎ、「真実は本人の心の中だけにある」という余韻のあるラストは、人を裁くことの難しさを表わしているようでした。
ちなみに、本作は日本文学史上屈指の裁判小説として、大学の法学部では新入生の必読書の一冊となっているそうです。
普通の推理小説では物足りない!社会派ミステリーをじっくりを読みたい!という方にはぜひおすすめしたい作品ですので、ドラマ化されるこの機会にぜひ手にとってみて下さいね。
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