『悪い夏』ネタバレ!あらすじ~結末を相関図付きで解説
染井為人さんによる『悪い夏』は、生活保護に関わる人々を通して社会保障システムの暗部に切り込んだ戦慄のノワールサスペンスです。今回は、第37回横溝正史ミステリ大賞優秀賞受賞作で、映画化も決定した『悪い夏』のあらすじ~結末をご紹介します。
『悪い夏』あらすじ
社会保険事務所でケースワーカーとして働く26歳の佐々木 守は、先輩の職員・高野洋司が生活保護打ち切りをチラつかせ、受給者の女性に肉体関係を迫っていると知る。
同僚のケースワーカー・宮田有子に促され、真相を確かめようと女性の家を訪ねた佐々木だったが、思いかけず彼女に好意を抱いてしまう。
しかし、その出会いをきっかけに佐々木は普通の生活から足を踏み外していき…。
不正受給の小悪党、東京進出を目論むヤクザ、貧困にあえぐシングルマザーたちも加わり、負の連鎖が佐々木を絶望の淵へと導いていく。
果たして、現代社会が抱える闇と悲劇の結末はーー。
『悪い夏』登場人物&相関図
◆登場人物
【船岡市社会保険事務所生活福祉課】
◆佐々木 守・・・26歳の真面目な公務員。生活保護受給者のケースワーカー(相談員)をしている。
◆高野洋司・・・佐々木の職場の先輩。33歳の既婚者でありながら浮気をしたり仕事ぶりは不真面目。
◆宮田有子・・・佐々木の同僚。自ら希望してケースワーカーに異動。優秀で隙のない女性。
◆嶺本・・・佐々木の直属の上司。独身。カラダを鍛えるのが趣味で佐々木をよく飲みに誘う。宮田曰くゲイ。
【生活保護受給者とその周囲の人々】
◆山田吉男・・・佐々木が担当する42歳の生活保護受給者。腰痛を理由に働かず不正受給を行う。離婚歴があり娘は妻と一緒に出ていった。
◆林野愛美・・・高野が担当する22歳の生活保護受給者。シングルマザーで美空という4歳の女の子と暮らす。
◆莉華・・・愛美と同じく2歳の男の子を持つシングルマザーだが、子どもは親に預けて育児をしていない。元暴走族のレディース出身でヤクザの金本と交際している。
◆金本龍也・・・地元のヤクザの構成員。以前は新宿で派手にやっていたがトラブルを起こし船岡に飛ばされた。商才があり風俗店や違法薬物の売買などで稼いでいる。
◆古川佳澄・・・32歳。4年前に夫を亡くし小学3年生の男の子を育てるシングルマザー。仕事も安定せず困窮した生活を送る。
◆石郷・・・ヤクザとズブズブの関係の悪徳医師。
◆相関図
※無断転載ご遠慮ください。
『悪い夏』結末をネタバレ
『悪い夏』では、一見 関係なさそうな登場人物たちが生活保護という社会保障システムを通して、知らぬところで繋り、最悪の状況に陥っていくという物語です。
◆ケースワーカーの恐喝
佐々木 守は同僚の宮田有子から、ある疑惑を聞かされます。
それは先輩の高野洋司が、若い女性に受給の打ち切りをチラつかせ、肉体と金銭を要求しているというのです。
恐喝されているのは、林野愛美という4歳の娘・ 美空を育てるシングルマザーで、ケースワーカーに内緒で知人に紹介された風俗店で働き収入を得ていました。
そんなある日、愛美が働くセクキャバに担当の高野が来店し、愛美の不正受給がバレてしまいました。
高野はこの件を報告しない代わりに、肉体関係を迫り、おまけに現金2万を受け取っていました。
◆シングルマザー宅へ
真相を確かめるため、佐々木は半ば強引に宮田に連れられ愛美のアパートを訪ねました。
愛美の反応から高野が卑劣な行為を行っていることは明らかでしたが、なぜか彼女は高野の悪事を認めようとしませんでした。
宮田は、愛美が告発すれば生活保護を打ち切られることを恐れている他に、何か隠し事をしていると見抜きました。
実は愛美は、佐々木たちが訪問する少し前に、ヤクザの金本からある取引を持ち掛けられていたのです。
◆黒い影
愛美が働いているセクキャバの店長は金本龍也といって、東京に返り咲こうとしている暴力団員です。
愛美から高野の話を聞いた友人の莉華は、恋人である金本に「愛美が社会事務所のケースワーカーに脅されている」と相談します。
金本は高野を強請って、身寄りのない困窮者の生活保護申請を通してもらい、受給者たちを囲って金を得ることを思いつきます。
早速金本は、愛美に高野との情事を隠しカメラで撮影するように指示します。
逃げられない証拠を掴んだ金本は高野を呼び出し、ボコボコにしたうえで生活保護を求める連中の審査を通すように脅しました。
そんななか金本のもとに、ケースワーカーの宮田と佐々木に自分と高野の関係を知られてしまったと愛美から連絡が入ります。
宮田と愛美のことがすべて同僚の職員にバレてしまっては、高野がクビになるのは時間の問題です。
金本は、渋々この計画を諦めることにしました。
一方、この状況の一部始終を見ていた金本の手下である山田吉男は、あることを思いついたのでした。
◆クズの計画
金本のもとで違法薬物の運び屋として小金を得ていた山田吉男も生活保護受給者でした。
そしてその山田の担当をしているのは偶然にも佐々木だったのです。
佐々木は愛美の娘・美空に約束した画材を届けたりするうちに、彼女に惹かれていきました。
それを知った山田は金本に内緒で佐々木をハメて、一儲けしようと企みます。
愛美に佐々木を誘惑させ、隠し撮りをして脅し、自分の生活受給額を限度いっぱい上げさせ、さらに金も要求しようという計画したのです。
◆悪夢のはじまり
それから愛美は頻繁に佐々木と会うようになり、娘・美空も彼に懐いていきました。
傍から見ると、仲の良い家族そのものです。
愛美は山田からの指示は忘れていなかったものの、佐々木と一緒にいることに居心地の良さを感じるようになり、隠し撮りも積極的に行いませんでした。
そんななか金本の恋人・莉華が、連絡を取れないことを理由に愛美の家に乗り込んできました。
莉華は、洗濯ものなどから愛美が佐々木と交際していると気づき、金本に報告しました。
金本はすぐに山田を呼びつけ、自分に内緒で計画が進行していたと知り激怒しますが、すぐに佐々木を利用しようと考えました。
そして愛美に違法薬物を渡し、佐々木に飲ませて薬漬けにしました。
薬物中毒になった佐々木は、判断力と思考力を失い、金本が連れてきた生活保護を求める連中の審査を次々と通していきました。
職場の上司である嶺本はゲイで、佐々木に好意を持っていたこともあり、彼を精神科の病院に行くように勧めました。
一方 同僚の宮田は、辞職した高野洋司の行方をなぜか執拗に探していました。
佐々木は、高野が金本が経営しているコスプレパブのボーイとして働いていることを知っていたので、彼女に伝えました。
◆破滅のとき
金本や吉田に監視され地獄のような日々をおくる佐々木のもとに、ある日警察が訪ねてきました。
少しまえに、佐々木が生活保護申請を却下した親子が自宅で餓死していたというのです。
自分のせいで、保護を必要としている人が亡くなってしまった…。
佐々木の心のなかで何かのスイッチが切り替わり、気づいたときには愛美のアパートで包丁を手にしていました。
そしてちょうどアパートに上がりこんできた莉華を刺してしまいました。
金本がすぐに訳アリの医師のもとに運ぶも、莉華は治療を断られて亡くなってしまいました。
そんななかアパートに警察官のコスプレをした高野と彼を追って宮田が乗り込んできました。
実は以前より高野と宮田は不倫関係にあり、宮田はずっと高野の行方を追っていたのです。
家族も仕事も失った高野は、自分をハメた愛美たちに復讐しようとサバイバルナイフを取り出し、戻ってきた金本と揉み合いになりました。
愛美は今まで子どもに愛情を感じたことがありませんでしたが、本能的に娘の美空の手を握り逃げようとしました。
しかし金本は見逃さず、愛美と美空を蹴り飛ばしました。
それを見た山田は、美空と自分の娘が重なり、怒りにまかせて金本に体当たり。
山田はその拍子にナイフが腹に刺さり、倒れてしまうのでした。
そして、大の大人の狂騒は、警察の到着によって終わりを迎えました。
◆結末
数年後ーー。
佐々木は、美空が描いたであろう絵が貼られた壁を見つめながら、引きこもっていました。
あの事件があった夏になると調子を崩し、身体が思うように動かなくなるのです。
佐々木のアパートのインターフォンが鳴り、乱暴にドアがノックされました。
「いるんでしょう。わかっているんですよ」
「佐々木さん、いい加減にしなよ。生活保護ってのはなあ、あんたみたいな人間にー」
社会福祉事務所のケースワーカーがやって来たのです。
佐々木はいま生活保護受給者として過ごしているのでした。-おわりー
『悪い夏』感想
キャッチフレーズは、クズとワルしか出てこない!という通り、どうしようもない人間ばかりですが、美空に自身の娘の幼い頃を重ねて優しく接する山田や、最後の最後に母性を感じさせた愛美など、少しでも良心がある登場人物に救いがありました。
一方で援助を必要としている親子が犠牲になった描写は痛ましく、社会保障システムの犠牲者を描いた『護られなかった者たちへ』を思い出しました。
佐々木に関しては、仕事も私生活も真面目でまっとうな人生を歩んでいたのに、あれよあれよと転落。
「魔が差した」とか「言っても大丈夫でしょう」が命取り。
悪夢は日常に潜んでいて、人間堕ちるときはあっという間。
佐々木が生活保護を受けるケース側になる笑うに笑えないラストは、背筋が寒くなる思いでした。
終盤の大立ち回りは、あとがきのチャップリンの言葉の通り「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ」そのもの。最高のバッドエンドでした。
生活保護の不正受給、子どもの虐待、貧困ビジネス…陰鬱なテーマを扱っていますが、どこか爽快感を感じさせてくれるのは、さすが染井さん。
また、生活保護は最後の受け皿として必要な制度ですが、受給に至るまでのロジックなどがケースワーカー側からも描かれていて興味深かったです。
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