『母の待つ里』あらすじから心に染みる結末までをネタバレ
浅田次郎さんによる『母の待つ里』は、定年を控えた3人の男女がカード会社が提供する不思議なふるさと体験サービスを利用するミステリアスファンタジーです。今回はNHKでドラマ化もされる『母の待つ里』のあらすじ~結末をご紹介いたします。
『母の待つ里』あらすじ
「ふるさとを、あなたへ」
35万円もの年会費を必要とするクレジット会社のプレミアム会員である、東京育ち、故郷をもたない大手企業の社長、実母を亡くした女医、定年退職直後に離婚を突き付けられた男の3人。
彼らは1泊2日で50万円もかかる故郷疑似体験プランに申し込み、桃源郷ともいえる東北の地を訪れた。
到着すると、どんなときでも味方でいてくれる“架空の母”に温かく迎え入れられ、この世とは思えないほどのやすらぎを得る。
やがて高度経済成長のなかで苦労を背負って生きてきた還暦世代の3人にとって、母と共に「理想のふるさと」で過ごす時間はかけがえのないものになっていくがー。
『母の待つ里』登場人物
◆登場人物
◆松永 徹・・・東京都出身。上層部が不祥事で引責辞任したため押し出されるように代表取締役に就任した。野心も欲もない独り者。
◆室田精一・・・退職と同時に32年連れ添った妻に離婚を突きつけられる。
◆古賀夏生・・・循環器内科の専門病院で臨床にあたるベテラン女医。医師の父を亡くし、女手一つで育ててくれた看護師の母を看取った。
◆ちよ・・・東北の小さな村「ふるさと」に住むひとり住む86歳の老女。訪ねてきた者を素朴な言葉と郷土料理と溢れる母性で温かく迎え入れる。
◆秋山・・・松永の友人。両親から相続した不動産があり、アメリカ人の妻と双子の娘と共に悠々自適の生活をおくる。
◆小林雅美・・・精一の妹。定年を控えた国語教師。兄が先祖の墓を何のゆかりもない「ふるさと」に移すと聞き…。
『母の待つ里』結末までをネタバレ
◆理想のふるさと
「ユナイテッド・ホームタウン・サービス」に申し込んだ彼らが東北にある相沢村を訪れると、年老いた母・ちよが、「けえってきたが」と出迎えてくれました。
とはいえこれは、1泊50万円もするカード会社が提供するふるさとテーマパークとも呼べるの疑似体験プラン。
ちよをはじめ村人たちは、カード会社から報酬をもらって客を持てなすキャストたちなのですが、訪れた赤の他人を、ちよの息子や娘のようにリアルに扱ってくれます。
ちよは、里帰りした子どものために団子汁の「ひっつみ」、タラノメとコシアブラの天ぷらなどの郷土料理を振る舞い、風呂を沸かし、寝る前には昔話を聞かせてくれます。
最初はとまどっていた利用者たちも、あまりの居心地のよさから「架空のふるさと」に飲み込まれていきます。
定年後に妻に離婚を突きつけられ「居場所」を失った室田にいたっては、先祖代々の墓を相沢村に移そうと考えるまでになります。
◆突然の知らせ
松永、室田、夏生は、あまりの「ふるさと」の居心地の良さから、「ユナイテッド・ホームタウン・サービス」リピーターになりましたが、ある日彼らのもとにちよが亡くなったと連絡が入ります。
架空の兄妹ともいえる3人はそれぞれちよの葬儀に駆けつけ、心から母の死を悼みました。
そんななか、「おかあちゃーん。あかあちゃーん。」と慟哭しながら大柄の男が祭壇の前にやってきました。
大阪弁でまくしたてるこの男は田村健太郎という名で全国に展開する居酒屋チェーンの社長でした。
田村も、ここ二年ほど妻と共に「ユナイテッド・ホームタウン・サービス」を利用していましたが、あるとき寝る前の昔話でちよの過去を知ったといいます。
10年前に起こった東日本大震災。
岩手県にある相沢村も激しい揺れに襲われました。
ちよには漁師の家に婿入りした息子がおり、地震のあとには津波がくると知っていたので、すぐに息子一家に電話をかけますが、つながりませんでした。
ちよは地蔵様に祈り、声が枯れるまで息子、嫁、孫たちの名前を呼び続けましたが、みな津波に飲まれて亡くなってしまったのでした。
それからカード会社のプランのキャストとなったちよは、訪れる客に亡き自分の息子を重ねて、本当の子どものように接しました。
だから利用した者は、ちよの嘘偽りない言葉やもてなしに心動かされたのでした。-おわりー
『母の待つ里』感想
都会に人が集中し、地方は過疎化。そんな現代において、需要がありそうな「ふるさと疑似体験プラン」。
利用する客に共通するのは、両親を亡くし、独り身の還暦間近の人たちで、1泊2日50万円という大金を払って体験できるのは、日本の原風景ともいえる里山での架空の母との素朴な生活です。
ちよさんは、いつでも子どもに寄り添い「おめたぢのほうが、おらよりずっとさみすいのではねが」と琴線に触れる言葉を投げかけてくれます。
彼らは、頭ではこれはカード会社が企画したサービスだと分かっていますが、ちよさんのあふれ出る母性に飲み込まれ、亡くなった両親と過ごした日々を振り返り、感謝や贖罪の気持ちを抱いていきます。
ある程度生活に余裕があり、リタイアする年代のの贅沢とは、海外旅行でも一流レストランで食事することではなく、郷愁を誘う里山での素朴な生活なんだと思いました。
しかし、読む者はこの「架空のふるさと」が永遠に続くわけがなく、いつか破綻するのではないかと思いはじめます。
それは昔話の「つるの恩返し」のように、見るなと言われた障子を開けた途端に夢から覚めるのが常。
実際に彼らは、“母・ちよ”が亡くなったことにより、現実に引き戻されます。
それでも、ちよの葬儀で集まった彼らが久しぶりに会った兄妹にように交流し、母のバックボーンに触れるラストは素晴らしいものでした。
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