草間彌生の若い頃の画像は美しすぎる!病気と闘いながら生み出す水玉作品

アート

前衛芸術の女王と呼ばれる草間彌生さん。

現在は赤いおかっぱ頭と奇抜な服装がトレードマークですが、若い頃は相当な美人だったらしいのです。

そこで、画像や恋人の存在、病気との闘いなどを交えながら見ていきたいと思います。

この記事を読めば、草間さんの作品をもっと楽しめるはずです。

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草間彌生さんの若い頃は美人すぎる!恋人や結婚は?

アメリカのタイム誌で「影響力がある100人」に選ばれるように、日本よりも世界の方で名前が知れ渡っている草間彌生さん。

そんな世界的なアーティストとなるまでの壮絶なプロフィールからどうぞ。

草間彌生さんプロフィール

草間彌生さんプロフィール
生年月日 1929年3月22日
出身 長野県松本市
受賞 フランス芸術文化勲章、文化功労者、文化勲章 他多数
HP 草間彌生公式サイト

「前衛の女王」と呼ばれた草間彌生さんは、長野県松本市に生まれます。

実家は大きな種苗業をしていた旧家で、 地元の画家のパトロンをするなど裕福な家庭だったようです。

写真を見ても、後ろに絵画がありますし草間さんはお嬢様だったみたいですね。

しかし 父親が遊びにうつつを抜かす放蕩者で、それにより母親は機嫌が悪く子供に当たり、家庭内の空気は悪かったのです。

息苦しい家庭で追い詰められるように生活していた草間さんは、よくスケッチをしていました。

その日も、絵をかくためスミレの畑へ出かけると、「たくさんのスミレが自分に話かけてきた。」という体験をします。

そんな驚きや恐怖体験を沈めるように、スケッチブックに描いていったのが、草間さんの絵の原点です。

16歳になると、絵の展覧会で入賞するなど頭角を表してきます。

高校卒業後、京都市美術工芸学校に入学し日本画を学ぶも古い考えの画壇に失望し、家にこもり独学で絵に没頭します。

草間彌生さん渡米

28歳には家族の反対を押し切り渡米し、自由な環境の中で才能を開花していきます。

この当時のニューヨークで日本人女性がこんな斬新なパフォーマンスをやってたとは!本当に驚きですよね。

アメリカでの作品は、ボディ・ペインティングやファッションショー、 反戦運動などのアートで、その過激さから「ハプニング」と称されました。

そしてすでに1960年代には「前衛の女王」の異名をとります。

草間彌生さんの若い頃の画像が美人すぎる

アメリカで「前衛の女王」と呼ばれた時代の草間彌生さんは、感性が研ぎ澄まされており、作品と草間さん自身がとても生き生きとしていて美しいのです。

どうですか?彫りの深いエキゾチックな顔立ちで素敵ですよね。

アートならヌードもいとわない草間さんの意気込みもすごいです。

そして、 同じ日本人で前衛アーティストでもあったオノ・ヨーコさんもニューヨーク時代には近くに住んでいたようで交流があったようです。

世界で有名な日本人女性二人が出会った時代は、なんて刺激的なんでしょうか!

この頃は、絵に没頭するあまりにパニックになり、救急車で何度も搬送されたそうです。

草間彌生さんの恋人は?結婚は?

草間彌生さんには、アメリカにいた頃にジョゼフ・コーネルという「箱の中の芸術」で有名な前衛美術家の恋人がいました。

草間さんとジョゼフは、27歳の年の差。確かに写真を見る限りは父親のようですね。

ジョゼフは、一目あった途端に草間に好意を持ちます。当時の様子を草間さんが、語ったことによると、

「コーネルさんは毎日、手紙を書いてよこしました。私のことをとても愛してくれた。あの頃、咲いた愛の花は、もう花びらを落として、私はそれを捨て去ってしまいました。今、考えると、私の芸術とは、人間を愛すること、世界を愛すること、芸術を愛すること、すべてのものに対する愛の結晶と、死への道程の間に、あったのです」

そんな芸術への愛に目覚め幸せな生活もつかの間、ジョゼフ・コーネルさんが心不全のため急逝します。

そのショックから心身のバランスを崩し、16年のアメリカ生活にピリオドを打ち帰国します。

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草間彌生さんの晩年の生活と作品

病がアートを生む

日本に帰国した草間彌生さんは、ジョゼフ・コーネルさんが亡くなったことを受け入れられず、 精神失調のため入退院を繰り返し、自発的に残りの人生を病院で過ごすことを決めました。

幼い頃から、幻覚や幻聴に悩んできた草間さんは、絵を描くことでそれらの病とバランスをとってきました。

私が初めて草間さんを知ったのは中学生の時、「たけしの誰でもピカソ」という番組に出られていたのですが、作品そのものよりも草間さんの強い目力が忘れられません。

質問されても、無表情でポツポツ答える程度でかなり不思議な人だなという印象でしたが、その頃も精神が病んでいたのかもしれません。

精神を病んでも作品を作り続けるのは、病がアートを生み、アートが病を癒してのでしょう。

代表作“かぼちゃ”

草間さんの作品の中でも、最も人気が高く有名なのが“かぼちゃ”です。

幼い頃から慣れ親しんだ植物の中でも、かぼちゃはユーモラスなフォルムで草間さんを刺激します。

植物の生命の実を水玉として表現し、かぼちゃに充満させ、黒と黄色の配色で視覚的にも強い作品に仕上げています。

野外にある「黄色のかぼちゃ」のオブジェは、直島を象徴する現代アート。

この、瀬戸内海の美しい風景と調和した「黄色のかぼちゃ」を見に世界中からアートファンが押し寄せています。

私も見にいきましたが、フェリーから「黄色かぼちゃ」が見えたときは感動でしたし、近くでみると圧倒的な存在感でした!

ルイヴィトンなど有名ブランドとのコラボ

草間さんは、晩年も病とうまく付き合いながら精力的に活動し、トップブランドのルイヴィトンともコラボレーションしています。

おなじみのバッグなどを、水玉で埋めつくしルイヴィトンがアイコニックなアイテムに。

こんな80歳を越える、おばあちゃん見たことない!

草間彌生さんの息子

草間さんは、結婚もしておらず子供はいませんが、 25年間アートディレクターとして一緒に仕事をしている高倉功さんという方を養子として迎えているそうです。

ですので、戸籍上はこの方が草間さんの息子さんということになります。

草間さんは、90歳目前にしながらも個展などを全国で開催しています。

これもアートディレクターである息子さんが、側で支えてくれるからこそ実現できているのかもしれません。

最後に

草間彌生さんの若い頃の画像はいかがでしたか?彫りの深い、とても美しい女性ですよね。

恋人の死や、病との闘いなど取り巻く環境は決して平坦ではないですが、そのマイナスの力をアートに注ぎ込んで、つくられた作品は世界中の人達から注目の的になっています。

日本でも沢山の「草間彌生展」が催されていますので是非、足を運んでみて下さいね。

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